鶏飯(けいはん)
2006.09.19 Tuesday
今日は、脱線で、鶏飯(けいはん)のお話など。
奄美の郷土料理!として知られる鶏飯。細く裂いた鶏肉のほか、錦糸玉子、椎茸、海苔などの具をご飯に乗せて、鳥のスープをかけて食べる、お茶漬けのような料理。美味しいです。
もともと、薩摩のお役人のための接待料理として考案されたもので、赤木名方面の料理だったとか(代官所があったから?)とか、かつては炊き込みご飯だったなどとも言われます(『シマ ヌ ジュウリ』ほか)。
そうなのかー。と、思っておりましたが、先日たまたま、江戸期の写本『名飯部類』(の現代語訳)を見ていたら、鶏飯が載っているではないですか。おや、これは面白い。
で、ちょこっと調べたところ、まず、汁かけ飯というのは古くからよく食べられていたことがわかりました。ポルトガル人宣教師が日本語習得のために作った『日葡辞書』(1603)に「ほうはん」が出てきますが、これが汁かけ飯です。「細かに切り刻んだ食物(混ぜ物・具)の入っている飯で、その上に汁をかけて食べるもの」。
これより以前の「りうりの書」(1573)にも芳飯が出てくるのですが、文章が難しくて、ご飯の上に刻んだ具を綺麗に盛り付けたものであるのは確かなのですが、汁をかけるのか添えるのか、ちょっと自信が持てません。後年の料理書からも、ご飯を包むように具を載せるのが芳飯の特徴のようです(包飯の意とも)。
で、享保15年(1730)の『料理網目調味抄』になると、芳飯のご飯は鶏飯(けいはん)であるが、ほかのものでも鶏飯もどきに作るというようなことが書かれています。鶏を丸ごと茹でて、茹で汁でご飯を炊きます。鶏肉は細かく裂いて、ウコギの葉や葱を酒と醤油で味付けしたものとともに、ご飯を覆うようにのせます。粒胡椒や辛味大根を使うことも。汁は大根や昆布を入れたあっさりしたもの。
これは、今回見た中では、「けいはん」という言葉の初出です。
ところが「にわとりめし」なら、もう少し前にレシピを見ることができるんですねー。
元禄二年(1689)の『合類日用料理抄』。これは鶏を丸ごと茹で、その茹で汁でご飯を炊きます(黄色く炊き上がるとありますが、これは油のせいでしょうか?)。鶏肉は非常に細かく引き裂いておき、ご飯の上に乗せます。
この「にわとりめし」は、汁をかけて食べると書かれていないことに注目しておきましょう。
長くなりましたので、続きはまた、明日。
奄美の郷土料理!として知られる鶏飯。細く裂いた鶏肉のほか、錦糸玉子、椎茸、海苔などの具をご飯に乗せて、鳥のスープをかけて食べる、お茶漬けのような料理。美味しいです。
もともと、薩摩のお役人のための接待料理として考案されたもので、赤木名方面の料理だったとか(代官所があったから?)とか、かつては炊き込みご飯だったなどとも言われます(『シマ ヌ ジュウリ』ほか)。
そうなのかー。と、思っておりましたが、先日たまたま、江戸期の写本『名飯部類』(の現代語訳)を見ていたら、鶏飯が載っているではないですか。おや、これは面白い。
で、ちょこっと調べたところ、まず、汁かけ飯というのは古くからよく食べられていたことがわかりました。ポルトガル人宣教師が日本語習得のために作った『日葡辞書』(1603)に「ほうはん」が出てきますが、これが汁かけ飯です。「細かに切り刻んだ食物(混ぜ物・具)の入っている飯で、その上に汁をかけて食べるもの」。
これより以前の「りうりの書」(1573)にも芳飯が出てくるのですが、文章が難しくて、ご飯の上に刻んだ具を綺麗に盛り付けたものであるのは確かなのですが、汁をかけるのか添えるのか、ちょっと自信が持てません。後年の料理書からも、ご飯を包むように具を載せるのが芳飯の特徴のようです(包飯の意とも)。
で、享保15年(1730)の『料理網目調味抄』になると、芳飯のご飯は鶏飯(けいはん)であるが、ほかのものでも鶏飯もどきに作るというようなことが書かれています。鶏を丸ごと茹でて、茹で汁でご飯を炊きます。鶏肉は細かく裂いて、ウコギの葉や葱を酒と醤油で味付けしたものとともに、ご飯を覆うようにのせます。粒胡椒や辛味大根を使うことも。汁は大根や昆布を入れたあっさりしたもの。
これは、今回見た中では、「けいはん」という言葉の初出です。
ところが「にわとりめし」なら、もう少し前にレシピを見ることができるんですねー。
元禄二年(1689)の『合類日用料理抄』。これは鶏を丸ごと茹で、その茹で汁でご飯を炊きます(黄色く炊き上がるとありますが、これは油のせいでしょうか?)。鶏肉は非常に細かく引き裂いておき、ご飯の上に乗せます。
この「にわとりめし」は、汁をかけて食べると書かれていないことに注目しておきましょう。
長くなりましたので、続きはまた、明日。